今振り返れば、私の人生の歯車は、三十代後半から、少しずつ、しかし確実に狂い始めていたように思います。原因は、自分でも気づいていなかった、睡眠時無呼吸症候群の深刻な症状でした。当時の私は、とにかく「眠かった」。その一言に尽きます。朝、目覚ましが鳴っても、体は鉛のように重く、起き上がるのが本当につらかった。夜は八時間以上眠っているはずなのに、日中は常に、分厚い霧の中にいるような、強烈な眠気と倦怠感に襲われていました。重要な会議の最中に、必死で瞼の重さと戦い、気づくと一瞬、意識が飛んでいる。そんなことが日常茶飯事でした。同僚からは「最近、疲れてるんじゃない?」と心配されましたが、私自身は、それを「年齢のせいだ」「仕事のストレスだ」と、自分の気力や体力の問題だと、思い込んでいました。最も恐怖を感じたのは、車を運転している時でした。高速道路の、単調な直線が続く区間で、ふっと意識が遠のき、ハッと我に返った時には、車が路肩に寄りかかっていたことがありました。幸い、事故には至りませんでしたが、あの時の、背筋が凍るような感覚は、今でも忘れられません。家族からも、毎晩のように「いびきがうるさくて眠れない」「時々、息が止まっていて、死んでいるかと思った」と、深刻な顔で訴えられていました。しかし、私はそれを「大げさだ」と、真剣に受け止めようとはしませんでした。転機が訪れたのは、会社の健康診断で、重度の高血圧と、糖尿病予備軍であることを指摘された時でした。まだ四十歳を過ぎたばかりなのに。医師から、睡眠時無呼吸症候群の可能性を強く示唆され、専門の病院を紹介されました。検査の結果、私は、一時間に六十回以上も呼吸が止まっている「最重症」の無呼吸症候群であると診断されました。その日から、CPAP(シーパップ)という、鼻に装着したマスクから空気を送り込み、気道の閉塞を防ぐ装置を使った治療が始まりました。そして、CPAPを使い始めた最初の夜、私は、人生で初めて「本当の睡眠」というものを経験したのです。翌朝、目覚めた時の、あの体の軽さ、頭のすっきりとした感覚。世界が、まるで色鮮やかになったかのように感じられました。日中の眠気は嘘のように消え、仕事にも集中できる。私の人生を覆っていた、長くて暗い霧が、一夜にして晴れ渡ったようでした。無呼吸症候群の治療は、私の人生そのものを、救ってくれたのです。